『横山祖道歌曲集』
安泰寺歌曲集 北上三郎歌曲集 なむかんぜおん歌曲集(碑のほとりの歌)


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ひごの野の
46倍版 並製 334頁 昭和57年9月 私家版(非売品)

安泰寺歌曲集安泰寺時代に作られた歌曲 188曲
北上三郎歌曲集=安泰寺を出て仙台で静養時の歌曲 36曲
なむかんぜおん歌曲集(碑のほとりの歌)=小諸懐古園時代の歌曲 49曲


 宇宙風雅(みやび)の歌

 横山祖道師は出家前の青年時代に俳諧にいそしみ、また草笛は子どものときからの特技で、音楽が大好きだったようである。昭和17年、熊本市の郊外にある海蔵寺に赴いたときから和歌を詠むことを始めそれに曲をつけて吹奏し、禅修行の友としていた。

 しかし、専門に作曲を学んだこともなく、自作の歌曲をみてくれる人を探しておったようである。昭和24年京都の安泰寺に落ち着くことになり、その翌25年に鷹峯小学校長であった渋谷光明先生を紹介された。渋谷先生は作曲家でもあり、祖道師の依頼にこたえ、校正と伴奏をつけてくれることになった。(澁谷先生についてはこちらを参照ください)
 以来、二人の息はぴったりと合い、昭和38年(澁谷先生はこの年2月に死去)まで、10数年歌曲の制作が続いたのである。この間の歌曲は240曲に達した。これを祖道師が楽譜ノートに整理したものが遺作として残っていたのである。

 そもそも従来の坐禅は、いかにも理智の坐禅の趣きが強かった。これを“情の坐禅”にしなければならないというのが祖道師の念願であった。もともと禅は言葉ではいえない世界である。しかし何か“説”がなければ困る。それで一大蔵経とか、八万四千法門とか、公案何百則とか、いろいろにいっている。それなら“宇宙風雅(みやび)”のゆえに一つの和歌(みやび)で語る方がよろしい、ということであった。

 この歌曲を楽譜集として出版するには、いろいろ困難な事情があり、残された楽譜ノートをそのまま写真版で再生し、祖道師縁故の方々にお頒ちすることにしました。20数年もたち、ノートが古びて大変見づらいものになりましたが、ご覧いただき、愛唱いただけたら幸甚と存じます。

      本書「あとがき」(畠山文雄氏)から


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