北上三郎歌曲集 第一集 補注

※1 北上三郎
 祖道師は昭和32(1957)年3月、期するところあってか安泰寺を発ち、ふるさと登米に近い仙台の妹(増田氏)宅に身を寄せ、一年間をもっぱら静養に努めました。『北上三郎歌曲集』は、この一年間の作品集です。
 歌集の“北上三郎”の命名は、祖道師が『いろいろ青い草』~夢~の題詞に「……文責作者得度前なれば北上三郎にあり」とあるように、若いころから名乗っていました。柴田師によれば“北上”は北上川から、“三郎”は『正法眼蔵』「一か明珠の巻」に出てくる玄沙(俗名=謝三郎=30歳で出家した)のことで、祖師の中でも大変優れた人として道元禅師がほめている人です。謝は名字、名前は三郎ですからここから出てきたのだと思う」と語っています。
「安泰寺歌曲集」に比べて作曲の渋谷光明先生(こちら)、道友ともいうべき齋藤宗績医伯(こちら)への心象風景的私信が多くなっていますが、五線譜ノートに楽譜とともに記されているものなのでそのまま収録させていただきます。

※2 畠山文雄氏 
 祖道師の甥で河北新報記者を長く務め、師とともに参禅するなどよき理解者だった。祖道師の初期の遺稿集のほとんどは畠山氏の整理・編集によります。

※3 双幅の前の写真
 各集の扉の写真(こちら)。『安泰寺歌曲集』第二集の「ちちみこの」と「海は弟」は共に、作詞作曲:横山祖道、作曲校正:渋谷光明氏で、この楽譜を熊本の翁こと齋藤宗績翁が掛け軸用に浄書。この二つの軸を背に登米の生家で撮られた写真。個別の軸は「ちちみこの」「海は弟」をご覧ください。

※4 輝いている雲切
 出家して20年、沢木老師の提唱ノートを整理し、その注解を書き継いで一段落。昭和31年正月を迎えて新たな展開を試みたのが、この「輝いている雲切」である。それは祖道師の生命の記録となり、真説となった。(畠山文雄氏の解題より)



【参考】
北上三郎歌曲集 第一集 直筆楽譜 (こちらからも直筆の楽譜や音声を視聴できます)
みちのくの梅
廣瀬川四月初めの
蕾白くなりけむ
あゆむ黒猫
花咲ける古里にして
木の芽時の山
観音堂朝日さしたり
庵のほとり春早み
みちばたに住み
店のたまごに
なつかしきかな
早や網つくる


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